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    • ウィーン・フィル楽団長ダニエル・フロシャウアー
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    ウィーン・フィル楽団長が語る、音楽へのインスピレーション

    ウィーンが「音楽の都」たる音色を奏で続ける、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。そんなウィーン・フィルの現在の“顔”である楽団長ダニエル・フロシャウアーさんに、これまでの音楽人生やオーストリアでの暮らしについて、ピアニストで音楽ライターとして活躍する長井進之介さんがインタビューします。

    ウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート、楽団長挨拶
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    ダニエル・フロシャウアーさんはウィーンで生まれ育ち、アメリカ・ジュリアード音楽院でも研鑽。ソリストとして様々な国のオーケストラと共演するなど、ソリストとしてのキャリアを重ねた後、1998年からウィーン国立歌劇場管弦楽団及びウィーン・フィルハーモニー管弦楽団第1ヴァイオリンのメンバーとなりました。2004年以降はヴァイオリン・セクションのセクション・リーダーを務め、2017年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の楽団長に就任し現在に至ります。

    長井 進之介: フロシャウアーさんがヴァイオリニストになるにあたって、どのような“インスピレーション”を受けてきましたか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「私はとても音楽に溢れた家庭で育ちました。父のヘルムート・フロシャウアーは指揮者であり、ウィーン国立歌劇場やウィーン楽友協会合唱団で長年にわたり合唱監督を務めていました。家にはいつも音楽があり、5歳のとき、いとこのヴァイオリン演奏に影響されて、私もヴァイオリンを習いたいと思いました」
    長井 進之介: ヴァイオリンを習ってから、何か印象的なできごとはありましたか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「今でも特別な出会いを覚えています。ヴァイオリンを習い始めて数ヶ月経った頃、ウィーン楽友協会でダヴィド・オイストラフがモーツァルトの「ヴァイオリン協奏曲イ長調 K.219」を演奏しているのを聴いた時のことです。父はオイストラフをよく知っていて、彼に会わせてくれたのです」
    長井 進之介: それはヴァイオリンを弾く方にとっては特に嬉しいできごとですね!
    ダニエル・ フロシャウアー: 「オイストラフが“何か弾いたことはあるのか”と尋ねると、父は“開放弦を鳴らすくらいなら”と答えました。するとオイストラフが私にヴァイオリンを手渡してくれたので、私は彼の前で開放弦を鳴らしました。これは私にとって、とても特別な瞬間でした。また最初のヴァイオリン ―子供用でしたが— を手に入れたときのことも印象的です。すっかり魅了され、今でも初めて嗅いだ松脂の香りを覚えています。そして、当時の私の偉大なお手本は、フリッツ・クライスラーでした。彼をとても尊敬していた私は、クライスラーに関するあらゆる本を読み、録音はすべて購入し、演奏を真似しようとしました。そして、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で弾くようになるまで、そう長くはかかりませんでした」

    ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は1842年に誕生し、全世界から愛されるオーケストラです。ウィーン・フィルの音色はウィンナ・ホルン、ウィンナ・オーボエ、ウィンナ・トランペットなど、伝統的な楽器の使用や代々受け継がれてきた奏法など様々なものによって作り上げられていますが、そういったこととは別に、フロシャウアーさんご自身が感じているウィーン・フィルの魅力とはいったいどんなものでしょうか。

    長井 進之介: ウィーン・フィルの魅力はどこにあると思われますか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、卓越性を追求するユニークな音楽家の集団です。ステージで演奏すると、特にそれが強く感じられます。全員で力を合わせていることがわかるのです。私にとって、これは仕事ではなく天職であり、ウィーン・フィルの一部になれることは大きな贈り物です。また、このコミュニティの一員であることを誇りに思っています」
    長井 進之介: ウィーン・フィルは定期演奏会のほか、様々な音楽祭やイベントで演奏を行っており、多様なプログラムを聴かせて下さいますが、それぞれのプログラムについてはどのような意図で組んでいるのでしょうか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「ニューイヤー・コンサートは、クラシック音楽界最大の "イベント "と言っても過言ではありません。このコンサートのプログラムでは豊かなウィーン音楽の伝統にこだわり、ワルツ、ポルカ、マーチなど、“シュトラウス王朝”(シュトラウス一家)の輝かしいレパートリーを紹介します。また、この時代の多様な音楽にも光を当て、ヨーゼフ・ランナー、カール・ミヒャエル・ツィーラー、ヨーゼフ・ヘルメスベルガーといった作曲家の作品もプログラムに加えています」
    長井 進之介: そのほかのコンサートではいかがですか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「シェーンブルン宮殿の庭園で開催するサマーナイト・コンサートでは、プログラムの構成はもっと自由です。さまざまなジャンルや時代の作品に目を向けることができます。例えば、映画音楽なども演奏します。EBU(欧州放送連合)の大規模なコンサートでは、コンサートが行われる会場や空間にも注意を払います。例えば、9月18日にはバルセロナのサグラダ・ファミリアで、クリスティアン・ティーレマンの指揮でブルックナーの交響曲第4番を演奏しました。アントニ・ガウディによる堂々とした建築物とブルックナーの作品は、19世紀末の同時期に制作されたものです。この点も、今回のコンサートを忘れられないものにしました」
    長井 進之介: ウィーン・フィルの歴史において、特に心に残る素晴らしいできごとやコンサートはありますか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「毎回、ニューイヤー・コンサートは特別な挑戦ですが、特に記憶に残っているのが、2021年、前回のニューイヤー・コンサートです。私たちは、お客様が楽友協会の『黄金の間』でコンサートを体験できるように、最後の瞬間まで戦ってきました。しかし、パンデミックの影響でそれは叶わず、初めて無観客の黄金の間で演奏しました。私たち全員にとって、これはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の歴史においても忘れがたいユニークな瞬間でした。この特別なコンサートを指揮してくれたのは、50年前から芸術面で密接な関係にあるリッカルド・ムーティで、とても感謝しています。彼にとっては6回目のニューイヤー・コンサートでした」
    長井 進之介: それでは困難だったこと、それをどのように乗り越えてきたかを教えてください。
    ダニエル・ フロシャウアー: 「振り返ってみると、この1年半はパンデミックの影響で、我々オーケストラにとって非常に厳しいものだったと言わざるを得ません。しかし、私たちはパンデミックの発生当初から、前向きな姿勢で様々な挑戦を行い、先駆的な役割を果たそうとしてきました。私たちは最初にロックダウンが行われた後のウィーンで、2020年6月初旬という早い時期に、お客様前でコンサートをすることが許された世界で最初のオーケストラです。日本との特別な関係は、2020年のパンデミックの年にも、厳重なセキュリティ対策と検疫のもとで日本ツアーを開催できたことにも表れています」

    フロシャウアーさんがおっしゃるように、確かにオーストリアと日本は特別な関係があります。2019年には友好150周年を迎え、両国の間では姉妹都市交流や大学間提携、文化やスポーツなど、各地で交流が行われています。そして多くの日本人がオーストリアへの旅行に胸躍らせています。そこでぜひ聞いてみたいのが、外国人がオーストリアらしさやその土地の文化を感じることができる、地方の音楽祭についてです。

    長井 進之介: 地方の音楽祭で、特におすすめはありますか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「それぞれ好みがありますから、個人的には、特定のフェスティバルを推薦することはできません。しかしオーストリアには優れたフェスティバルがたくさんあり、『グラフェネック音楽祭』、『ロッケンハウス国際室内楽フェスティバル』、『モント湖音楽週間』、『カリンシアの夏』などが挙げられます。ぜひ皆様にはご自分でインターネットなどで調べて、自分が観たり聴いたりしたいものを見つけていただきたいと思います」
    長井 進之介: コンサートで音楽の魅力を味わうために見ておくといいもの、歩いておくといい場所などはありますか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「ザルツブルクでは、カプツィーナーベルクやメンヒスベルクをよく散歩します。自然や文化との出会いを通じて、インスピレーションや安らぎを感じることができる、長すぎない素敵な散歩道です。ウィーンでは、シェーンブルン宮殿や美しいバラ園のあるフォルクスガルテンにいるのが好きです。もうひとつの私のインスピレーションの源は、ウィーン大学の向かいにある『パスクァラティハウス』です。ここにはベートーヴェンが住んでいました。私もプライベートで行って、ベートーヴェンの雰囲気や精神を追体験したいと思っています。また、私がいつも新たな感動を覚えるのは、天才作曲家であるシューベルトが生まれた小部屋を見学できる『シューベルトの生家』です」
    長井 進之介: 旅行を楽しむ方向けに、フロシャウアーさんのお気に入りのオーストリアのレストランやカフェ、そしてメニューを教えていただけますか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「私は、楽友協会の近くにある『カフェ・インペリアル』に行くことが多いです。また、伝統的なヴィーナー・シュニッツェルを食べるのも好きです。夏のザルツブルクでは、私はよく『ホテル・ザッハー』に滞在します。ザルツブルクの中心部にある、料理もサービスも素晴らしいホテルです。ウィーンでは、『日本橋』や『雲海』などの日本食もお気に入りですし、『ヨリ』など韓国料理もお勧めです。ウィーンは一般的に、おいしいレストランがたくさんある場所ですよ」

    ウィーン・フィルハーモニーの楽団長でありながら、同楽団及びウィーン国立歌劇場管弦楽団第1ヴァイオリン奏者として活躍されているフロシャウアーさん。どんなスケジュールを過ごされているかを尋ねてみました。

    長井 進之介: 一週間のおおよそのスケジュールを教えてください。
    ダニエル・ フロシャウアー: 「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会は、土曜日の午後3時30分と日曜日の午前11時にあります。そのため毎週、火曜日に2回、水曜日に2回のリハーサルが行われ、金曜日に通し稽古が行われるという構成が一般的です。私はウィーン・ホーフムジークカペレ(ウィーン宮廷楽団)のメンバーでもあるので、日曜日は通常、11時からのウィーン・フィルの定期演奏会の前に宮廷礼拝堂のミサでも演奏します。ウィーン国立歌劇場合唱団やウィーン少年合唱団もここで演奏しています。その後、楽友協会に行って定期演奏会を行い、夜は歌劇場で演奏します」
    長井 進之介: かなりお忙しい日々を過ごされているのですね。
    ダニエル・ フロシャウアー: 「ウィーン国立歌劇場管弦楽団とウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と共生しているため、仕事量は多いです。加えて、委員会に総会、オーディションなどの出席義務もあります。しかし、忙しさよりもこの団体の一員であることの喜びが勝っています。先ほども申し上げたように、私にとってこれは仕事ではなく使命なのです!実際、私は、ある作品を演奏することや、特別な指揮者を体験することが楽しみで目覚めることがよくあります。私たちの活動は変化に富み、非常に多岐にわたっています。昼はさまざまな交響曲を演奏し、夜は例えばジュゼッペ・ヴェルディのオペラ『ファルスタッフ』を演奏するのです。これ以上素晴らしいことがあるでしょうか!」

    現在のウィーン・フィルの規約では、ウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーのみウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーになることができるとあります。まずウィーン国立歌劇場管弦楽団のオーディションに合格し、採用された後も3年間楽団員として実力を示さなくてはなりません。国立歌劇場管弦楽団のメンバーからウィーン・フィルに入団するための条件や審査についてお伺いしました。

    長井 進之介: 国立歌劇場管弦楽団のメンバーからウィーン・フィルに入団するための条件、審査にはどのようなものがありますか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「オーディションは、ウィーン国立歌劇場のグスタフ・マーラー・ホールで行われます。課題曲はカーテンの後ろで演奏しなければなりません。その後、2次選考で別の作品を演奏していきます。合格者が決まるとカーテンが取り払われます。審査員が前に出てきて、オーディションを無事に完了し、オーケストラでのポストを獲得したと伝えてくれた瞬間は忘れられません。これはその後の人生を決定する瞬間です」

    ウィーン国立歌劇場管弦楽団及びウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と同様にオーストアの伝統の音色を伝えてきた存在にウィーン少年合唱団も挙げられます。この合唱団にはなんとフロシャウアーさんも所属されていたといいます。その時の思い出もお話しいただきました。

    ウィーン少年合唱団時代

    ウィーン少年合唱団時代のダニエル・フロシャウアー
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    ダニエル・ フロシャウアー - ウィーン・フィル楽団長
    長井 進之介: ウィーン少年合唱団時代の特に心に残るお話を聞かせてください。
    ダニエル・ フロシャウアー: 「ウィーン少年合唱団の試用期間に合格したという手紙をもらったときは、ものすごく嬉しかったです。ウィーン少年合唱団で仲間たちと一緒に食べた最初の食事は今でも覚えています。ピーマンの肉詰めでした。また私のウィーン少年合唱団での番号はいつも18番で、これらは父とのつながりでもあるのです。彼も少年合唱団の団員だったことがあり、番号は18番。そして最初の食事はピーマンの肉詰めだったのです。なんという偶然でしょう!」
    長井 進之介: 合唱団のコンサートツアーの思い出はありますか?
    ダニエル・ フロシャウアー: 「当時、私は2つの大きなツアーに参加していました。1つはドイツとイギリスへのツアー、もう1つはイギリスとドイツ、さらに他のヨーロッパの都市でのコンサートでした。続いて、アメリカでの非常に長いツアーが始まりました。これによって、12歳の時にニューヨークの第一印象を得ることができたのです。私は後にジュリアード音楽院でヴァイオリンを学ぶことになりましたので、この街は私にとって故郷のようなものなのです」

    ウィーンの伝統の音色を奏でるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のフロシャウアーさんは、ウィーン文化や生活から多くのインスピレーションを得ていることがわかります。ぜひ皆様もオーストリアの魅力的な場所や料理、そして音楽に触れて、たくさんのインスピレーションを受け取ってほしいと思います。

    • ダニエル・フロシャウアー、ヴァイオリニスト

      1965年、ウィーン生まれ。ニューヨークのジュリアード音楽院ではドロシー・ディレイ、川崎雅夫に、ウィーンではピンカス・ズーカーマン、アルフレート・シュタール、アルフレート・アルテンブルガーに師事。1998年からウィーン国立歌劇場管弦楽団およびウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の第1ヴァイオリン、2004年以降はヴァイオリン・セクション・リーダーを務め、2017年よりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の楽団長。キュッヒル・カルテット、ウィーン・リング・アンサンブル、アンサンブル・ウィーンのメンバー。

          ウィーン・フィル楽団長ダニエル・フロシャウアー
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    • インタビュアー、長井進之介、ピアニスト/音楽ライター

      国立音楽大学でピアノを専修し、同大学院にて修士、博士課程を経る。ドイツのカールスルーエ音楽大学とライプツィヒにも留学。アンサンブル中心の演奏活動とともに、音楽ライターとして活躍中。2007年度「柴田南雄音楽評論賞」の奨励賞を史上最年少で受賞。現在、各種音楽雑誌にレギュラー執筆を担当し、インターネットラジオにも出演中。著書には『ベートーヴェンとピアノ「傑作の森」への道のり』(音楽之友社)など他。

          長井進之介、ピアニスト/音楽ライター
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